ですます調・だである調、敬体と常態の使い分けと正しいルール

ですます調・だである調、敬体と常態の使い分けと正しいルール

ライターとして文章を書いている人であれば、「〜です/〜ます」「〜だ/〜である」の文体について悩んだことがあるかもしれません。かく言うわたしも、指定も前例もない媒体を担当するときに、どちらで書くか迷うことがあります。

正式には、「〜です/〜ます」を敬体、「〜だ/〜である」を常体と表現するのはご存知でしょう。人によっては「です・ます調」「だ・である調」などと表現することもありますが、この文体について自論を述べさせていただきます。よろしければ最後までお付き合いください。

一般的な敬体(です・ます調)と常体(だ・である調)の使い分け

文体の使い分け方は、媒体や編集方針によることが多いですが、ときにはライターの個性や読者との距離感で決まることもあります。使い分けにについて説明する前に、それぞれの言葉の定義を確認してみましょう。

です・ます調=敬体

けいたい【敬体】
口語の文体の一。文末に「です」「ます」「でございます」などの丁寧語を用いて統一した文章様式。また、その文体。
引用:Weblio辞書

あらためて説明するまでもありませんが、丁寧語で統一された文章・文体のことを指しています。ちなみにこの記事も、敬体を心がけて書いていることはご理解いただけるでしょう。

だ・である調=常体

じょうたい【常体】
口語文体の一。敬語を用いず、文末に「だ」「である」などを用いる普通の文章様式。
引用:Weblio辞書

こちらもご存知の部分、敬語を用いないとありますね。敬体=敬語、常体=not敬語という使い分けです。ひとつだけ気になったのが、常体のことを『普通の文章様式』と表記していること。

小学校で習う文章は敬体、『〜です』『〜ます』『〜でした』だったのではないでしょうか。なぜ小学校では『普通の文体』を教えず、敬語で作文を書かせるのか。気になったので少し調べてみました。

小学校で敬体、です・ます調を習う理由

実は大した理由はないようで、文部科学省が決めたからにほかなりません。『小学校学習指導要領』という学習指導の手引があり、そこに明示されているのが以下の内容でした。

国語〔第1学年及び第2学年〕〔言語事項〕
(ア)丁寧な言葉と普通の言葉との違いに気を付けて話し,また,敬体で書かれた文章に慣れること。
「丁寧な言葉と普通の言葉との違い」については、日常の場面に応じて使っている話し言葉を中心にして気付き、先生や家の人、さまざまな学習の場面で出会う人などに対して、具体的な場面で丁寧な言葉遣いで話すことができるように指導することが大切である。「敬体で書かれた文章」については、まず、入学して初めて出会う教科書の敬体の文章に読み慣れるようにし、漸次、自分でも使い慣れるように指導していくようにする。
引用:文部科学省:敬語の学習に関する学習指導要領等の主な記述

小学校中学年(3年生〜4年生)になると『日常よく使われる敬語の使い方に慣れること。』を学び、高学年では敬語に更なる磨きをかけて、『相手やその場の状況に応じて丁寧な言葉で話し,また,文章の敬体と常体との違いに注意しながら書くこと。』を徹底して教えられます。

この傾向は中学校でも変わらず、『話し言葉と書き言葉との違いについて理解し,適切に使うこと。』と、中学校1年生で話し言葉と書き言葉の違いを学ぶものの、中学校2年生・3年生では『共通語と方言の果たす役割などについて理解するとともに,敬語についての理解を深め生活の中で適切に使えるようにすること。』となります。徹底して敬語の使い方を学ぶようです。

高校生になるとやっと『目的や場に応じて,言葉遣いや文体など表現を工夫して話したり書いたりすること。』が要項に登場し、文体というものを体系立てて学ぶことに。わたしを含め多くの方々は、高校で文体を学んでいるようですが……ねぇ? 高校生なんて、文体よりもずっと大事なことや楽しいことやいけないことを学ぶ時期です。

わたしたちが敬体と常体を上手に使い分けられなかったとしても、それは青春のせい。大人になって文章を仕事にしたい奇特な人だけが、じっくり学んでいったら良いのではないでしょうか。

です・ます調|敬体の特徴と使い所

この記事を読んでいらっしゃる方々は、きっと大人になってしまって、文章を書く仕事に就いた、または仕事なりで文章を扱わなくてはならなくなったと推察します。正しい文章の書き方と付随する文体について、わたしなりに考察してみました。

です・ます調|敬体が使われがちなのは、教科書類

小説以外の読書習慣がある人でしたら、敬体の文章に慣れているかもしれません。小学校以降、利用してきた教科書がこの文体。またビジネス書においても、どちらかといえば敬体で書かれているケースが多いように思います。

もっとも書き手の個性を強く出しているビジネス書(著名な人が書いた)であったり、上から目線の書籍であれば、常体で書かれていることも少なくないので、結局のところどちらとは言い切れないのですが……。

です・ます調|敬体の特徴

です・ます調、敬体の文章で思いつく語尾は、『〜です』『〜ます』『〜でしょう』『〜ましょう』『〜ません』『〜ではありませんか』あたりが代表的なところ。

    使われるシーン・媒体は以下が多いかと思います。

  • 企業紹介記事
  • 文書
  • 解説文/説明文

だ・である調|常体の特徴と使い所

続いて『だ/である調』、常体の特徴と使われるシーンを見てみます。

だ・である調|常体が使われがちなのは、ニュース類

一方で常体の文章は、新聞を読んでいるビジネスパーソンにとって馴染みが深いのではないでしょうか。昨今の若手社員は、なかなか新聞を読まなくなって話が通じないなと思うことがしばしばあるのですが……という愚痴ではなく文体の話ですね。

新聞は読まないけど、Webでニュースをチェックしてますよ! という若手の声も多くなりました。ちゃんと世の中で起きていることに感心を持っているなら、新聞でもWebでもどちらでも良いのですが。Webのニュースにおいても、常体で書かれていることが多いです。Yahoo!ニュースの関連記事だったりSNS経由で、敬体で書かれているニュースを目にすることもあります。なんとなく、敬体で書かれたニュースに違和感を覚えなくもありません。

だ・である調|常体の特徴

だ・である調、常体で書かれた文章の語尾は、『〜だ』『〜である』『〜だろう』『〜ではない』『〜ではなかろうか』などが思いつくところです。

    使われるシーン・媒体は以下が代表的ですね。

  • ニュース/新聞
  • 雑誌/ゴシップ誌
  • 体験談
  • 個人ブログ
  • 論文

敬体と常体、それぞれから受ける印象

敬体で書かれた文章には、丁寧でやわらかい印象があります。常体で書かれた文章は、断定的で堅い印象。どちらも正しい文体ですが、与える印象が大きく異るものです。

文章に限らず口頭のコミュニケーションでも、相手が「です」「ます」という口調であれば、丁寧さを感じます。「〜ですよね」という口語であれば、やわらかさが際立つというもの。逆に口頭で「〜だ」「〜である」などと言われると、とっつきにくいばかりか嫌悪感を抱くこともありますね。「〜である!」と思わずエクスクラメーションマークを付けたい気分にもなります。代表的な「〜である」の口語は、『魁!!男塾』の江田島平八塾長でしょうか。

口頭に限らず常体で表現されると、語気が強くなり威圧的な感じも受けます。専門的な内容や主観を書き連ねるときには、敬体よりも常体の方が勢いと説得力が増すのかもしれません。

使い分けのヒントとなりそうなのが、この文体によって与える印象。読み手にどのような印象を残したいか、どんな語り口であれば読み込んでもらえるのか。伝えたい内容が伝えたい相手に受け入れられる文体を用いることが、読まれる文章においては正解と言えそうです。

敬体と常体はなぜ使い分ける必要があるのか

ヒントをもう少し掘り下げて考えていると、使い分けの必要性と理由がわかりそうです。

そもそもわたしたちライターが書く文章は、読んでもらうことが目的です。つまり書くことがゴールではない。この違いと主張については、また別の機会でつらつら書きたいと思っていますが、ここでは『文章の目的は読んでもらうこと』という当たり前の前提だけ提示させていただきます。

ところで、皆さんは文章を読むのが好きでしょうか。「読書はけっこうする」「人の書いた記事を読んで勉強している」と回答する方が多いかもしれませんね。でもそれは、きっとこの記事を読んでいるあなたが、文章に関わる何かしらの仕事をしている(しようと思っている)から。

わたし自身もそうですが、皆さんの周りにいる友人・知人の中には、読書をまったくしない人もいることでしょう。(わたしたちからすると)意外に、文章を読まない人が多いわけです。

彼ら・彼女らにしてみたら、文章を読むという作業は、ある種の苦行かもしれません。「読書をするくらいなら、校庭を10週くらい走るほうがましだ」という体育会系の人もいるくらい。心構えと時間をつくって、根気よく集中して読まないと続かない、でも読まないといけない事情がある。

そんな人たちにとって文章は、口頭のコミュニケーションと違って、表情などの情報がないまま、文字だけで情報を得る護摩修行のようなものなのです。修行・苦行に身を投じる彼らに対して、文体によってどんなエールを送ることができるでしょうか。

ひとつは心構え。常体で書かれた文章であれば、『堅苦しい』『小難しい』『決定事項』が記載されていると予見してもらえそうです。

逆に敬体であれば、丁寧であったり柔らかさを感じてもらい、読み進めやすい印象に変わるかもしれません。文末によって、書かれている内容であったり、気分のようなものを伝える。充分な心構えをして、読解という作業に取り組んでいただけるのです。

です・ます/だ・である、使い分け唯一のルール

敬体と常体によって、読み手の受ける印象が違うという話をしました。『どのような印象を与えたいのか』までを考えるのがライターの仕事ですから、使い分けは自分自身で決めていただくのが最善だと思います。ただし、ひとつだけ守りたいルールがあります。

敬体と常体、混ぜるな危険

ルールといっても難しい話ではなく、敬体と常体を混在させない、それだけです。何も考えないで読まれる文章であれば、(そもそも価値がないともいえますが)文体が統一されていなくても気にされないでしょう。逆に本来の文章のあるべき姿、読んでもらうという文章の目的が果たされる場合、文体が混在していると読み手にとってはストレス。「この文章、なんだか読みにくいな」「ライターが下手くそだ」と思われてしまうかもしれません。

世の中に出回っている多くの文章は、敬体か常体かで統一されています。読者はその統一に慣れているわけです。もしかしたら、『〜です』『〜ます』『〜だ』『〜である』の混在した文章を読んだとき、「なにこれ、新しい」と感動される可能性も否定はできないのですが……。あまり勝算の高くない勝負になりそうです。また、先述した『文体によって心構えをしてもらう』という機能が、まるっきり果たせなくなるのももったいない。

読み手の皆さんにライターの意図を汲み取ってもらうためにも、文体の統一は忘れないようにしましょう。

です・ます調/だ・である調、使い分けルールの例外

ところが、ですよ。世の中の原理原則、決まりごとには例外が付き物です。「ルールなんて破るためにある」と発言した歌舞伎者もいるくらいに、どうしても例外が発生します。敬体と常体の統一においても、混ぜるな危険だったはずなのに、混在が許されるケースもあるのです。

箇条書きは、です・ます調とだ・である調が混在する

説明するまでもありませんが、箇条書きとは

箇条書き(かじょうがき)は、文字による表現方法のひとつ。 いくつかの項目をひとつひとつ分けて書き並べる。 項目は単語であったり文であったりする。 枠線を使わない表の一種。
引用:Wikipedia

共通する復数の事柄を端的に表す際に、非常に効果的です。箇条書きを文中に入れる場合、例えば敬体で書いた文章の中に、常体の箇条書きを用いることはままあります。

私は通勤中に、納得がいかないことが3つあります。

  • なぜ毎朝、同じ時間と同じ場所で電車が急停車するのだ
  • 車内で化粧をするなら、ひげそりをしても許されるはずだ
  • 人によりかからないと立っていられないのなら、本を読むな

しかし、そんな不満をぐっと堪えて、満員電車に今日も揺られるのです。

箇条書きの特徴として、簡潔でわかり易いことが挙げられます。短い文字数で表現できる常体との親和性が高いと言えますね。

セリフ/会話文も、です・ます調とだ・である調が混在する

例外のふたつめは、文中に会話やセリフを挿入する場合です。

小説・戯曲などで、登場人物の対話をそのまま文章に書き写したもの。ふつう「 」などの記号を用いて示す。
引用:コトバンク

とあるように、カギ括弧でくくられた部分であることがほとんどかと思います。例文としては以下のようなもの(本当に、書くほどのことではないのですが)。

満員電車からやっとの思いで開放されたのは、勤務先の最寄り駅に到着したときでした。「通勤で体力を消耗してたら、仕事なんてできるわけがないんだ」。小声でつぶやいたつもりが、想像よりも大きな声だったようで、周囲の人たちが好奇の目を向けてくるのが恥ずかしかったです。

レトリックは普通に、です・ます調とだ・である調が混在する

例外の最後は、レトリックとして敬体の中に常体、常体の中に敬体が用いられる場合があります。そもそもレトリックってなんだよ……となる方もいらっしゃると思いますので

1 修辞法。また、修辞学。レトリケー。
2 美辞麗句。巧言。「彼一流のレトリックにやられた」
引用:コトバンク

ということです。つまり、あれです。「上手いこと言った」状態を指しています。気取った言い方とも考えられますね。多くの場合は、敬体の中に常体を用いて、強調させたり意味深に読み込ませる場合に使われていそうです。

始業時間は午前9時からで、一秒でも遅れた場合は上司から大目玉を食らいます。でも納得できない遅刻というものが存在して、間に合うよう自宅を出ているが、電車の遅延にまで責任を持ちようがないではないか、何度も会社に掛け合っているのです

上記例文のように、一文の中に敬体と常体を混入させることがあります。『〜〜遅刻というものが存在して、』と『何度も掛け合って〜〜』の間にある常体の文ですね。ここは主張の核となる部分を取り出して、強調するために常体で表記しました。

このように一文の中で、会話でも箇条書きでもなく、敬体と常体を混ぜるケースもあります。もっともレトリックと言っているくらいですから、表現の自由の範ちゅう。ここが話の核で強調したなどと、説明するまでもない文章が書ければ問題ないのにな、と思っています。

です・ます調とだ・である調で悩んだら、媒体のルールに従う

以上、敬体と常体の使い分けや印象、例外について解説してみました。使い分けで悩んだ場合は、一番には媒体のルールを確認するのが間違いありませんね。メディアのレギュレーションで指定されていない場合には、ここでの解説を参考にしていただき、伝えたい内容に適している文体を、最も効率よく伝わる文体を選んでいただくことをお勧めします。現場からは以上です。

writingカテゴリの最新記事